目が覚めると上海から出発した寝台車のベッド。
まだ暗い。
 
 
 
 
終点は厦門(アモイ)のこの列車を、私は章平という名の知れない街で降りることになっている。
 支度を整えてうつらうつらしていると、下車駅へ近づいた頃に車掌が呼びにきてくれた。車掌が何を言っているのか(配慮無き)中国語なのでちっともわからないが、ガイドブックの記述通りなのでおそらく「次はあなたの降りる所だから支度しておきなさいよ。」と言っているのだろう。
 朝7:00前、駅に着いた。ここのホームに降りる人は多くはない。列車内に外国人を見かけなかったから、当然こんな名の知れていない街に降りる日本人もただ一人だ。相談相手もいなければ、ここから土楼へ向かえる確実な情報もない。不安に揺れる自分の心に〔中国のミニバス網はよく発達しているから、土楼という有名地点に向かう路線はきっとある‥〕と言い聞かせて駅の改札を出た。
 
章平の街の様子は‥、っていうか街じゃなくて村に近いのか?〕
ちっとも賑わってない駅前の売店で地図を売っていないか聞いてみたが、無いようだ。
〔困ったな‥、バスの路線が分からない。〕
〔 まずいところで降りたかなぁ‥でも土楼には近いはずなんだよな〜。〕
 
 そこで土楼に近い街の名前「龍岩」を漢字で紙に書き、それを店の人に見せながら「私はここに行きたいんだ。」と稚拙な中国語で話かける。すると店の人、怪訝な顔でこちらを見てから駅前通りの右の方を指差してくれるので「謝謝。」とお礼を言ってその指差す方へ歩くとバスが留まっていた。バスの行き先を示すプレートには目指す街の名前が記されている。
 客と荷物をぎっしり詰め込んだ小型オンボロバスに揺られること2時間。その「龍岩」に着いた。今度は賑わった街中だったが、目的の土楼はまだここには見えていない。到着した龍岩でバスの車掌に先と同じように今度は「土楼」と書いた紙を見せて尋ねると、近くのバス乗り場まで親切に連れていってくれるのだ。その車掌は「湖杭」という行き先のバスを指して「これに乗れ。」ということらしい。ガイドブックには詳しい記載の無い湖杭という行き先に多少の不安を憶えながらも「あとは野となれ山となれ」の心境で信用して乗車するしかない。
 
再びバスに揺られること2時間、景色はどんどん田舎になり、あたりは人も家もかなりまばら。
〔外国のこんな田舎にまで一人でやって来て、なにかあったらもうどうしようもできんな‥。〕
 
 という気の重い想像に駆られていると、車窓からの風景に巨大な土の箱のような物があるのが視界に飛び込んできた。
 〔!!、あれが土楼か!?〕にわかに高鳴る胸。緑の丘と田畑の続く景色に見える大きな肌茶色の四角い塊は、まるで要塞、もしくは緑の海原に浮かぶ箱舟というような印象だった。
 
〔とうとう土楼の村にやってきたんだ‥。〕
 
 はやる気持ちに押されて、人もまばらな「湖杭」でバスを降りる。あたりには間近に土楼が見えている。今度はバスの運転手に最終目的地の土楼の名前「承啓楼」と書いた紙を見せて尋ねると「そこのバイクタクシーに連れて行ってもらえ。」と言うようなのだ。
 15kgのザックを背負い、片手には食料を入れたビニール袋も抱え、50ccバイクに二人乗り。背負ったザックの重みでうまくバランスとれない後部座席から少し突き出たバイクのおじさんの腹に手を回して、振り落ちないようなんとかしがみつく。丘陵地に広がる棚田の間の道をバイクは走り抜けてゆくこと10分。目的の「承啓楼」へようやく無事にたどり着いたのだった。
 
承啓楼南正門
 
承啓楼
 

旅人彩図 『土楼へのいざない』 P 3/5 前へ 旅ノ随筆 次へ