U−3 《シベリア鉄道》
 
 「シベリア鉄道」と聞いて、君は何を思うだろうか?どこまでもどこまでも果てしなく限りなく続く平原。そして時々、地を駆けるトナカイの群れ。…という感じだろうか?  そのシベリア鉄道に私は今回乗ってきた。シベリア…とは言っても、ロシアに行ったとかではない。中国とモンゴル間で乗ってきたのだ。厳密にはシベリア鉄道沿線ということになるが、シベリア鉄道の一部ということは確かなのである。
 
 中国に上陸後、北京に2泊。早朝の5時に起きて支度を整え、北京駅へと向かう。6時30分過ぎの駅の待合ホールには既に多くの人が改札ゲートが開くのを待っていた。以前から日本の旅行会社に頼んでおいた列車の切符を、指定を受けた中国の旅行会社で昨日受け取り、その切符で改札を抜けホームに降り立つと、そこには深い緑色に鮮やかな1本の黄色のラインが入った11両編成の車両が出発の時をじっと待っていた。
 車内はいたって清潔で、全てコンパートメントの寝台車両。2等の部屋は2段ベッドが2つある4人部屋である。ドイツ製の車両ということらしく、武骨で頑丈な作りだ。特に1両ごとあるトイレは総ステンレス製の水洗式で、2・3発拳銃で撃ち込んでも壊れそうにない。ミリタリーマニアやトイレットマニアでなくとも、1基欲しくなってしまうほどカッコいいのだ。
 
 7時40分、列車は大きく汽笛を鳴らして出発した。モンゴル・ウランバートルへ向けて、列車は1泊2日の路線をひた走る。1泊2日、約36時間の列車の旅と聞くと途中やることがなくて、飽きてしまって大変だろうと思うかもしれないが、私の場合1泊2日間を車内で過ごすことは苦にならなかった。途中万里の長城を越え、岩場を越え、ゴビ砂漠を越え、ゲルの点在する草原を越え…と、なかなか自然の変化に富んだ景色の中を走っているのである。とはいえ、2〜3時間ぐらい同じような景色が続くことはざらにある。ゴビ砂漠周辺にいたっては、ずーっと見渡すかぎり砂利の平らな地面が地平線まで続いていて、その地平線は数時間走っても途切れることがない。その間に陽は沈み星は輝くという変化はあるが普通なら飽きる程の平原である。
 それでも私が飽きなかったのは、元来私が景色好きであったということであろう。旅行やドライブに行けば、窓の外を眺めて止まない。寝る間を惜しんで景色にかじりついてしまう人で、毎日の大学通いに乗る電車窓からの風景でさえ見るのが好きであったのも事実だ。はじめて見る大平原の風景は私の景色好きな心をすこぶる刺激していたのだ。
車窓から  列車は北京の市街地を抜けて田舎の風景に変わってきた。ここら辺の風景も味わい深く列車が刻むカタンタタンというリズムも心地いい。買い込んだ桃を少し食べる。列車の旅の醍醐味をあじわいつつ時がゆっくりと過ぎて行く。幸運なことに、4人部屋のコンパートメント内に乗客は私ともう一人の男性だけ。しかも日本人で、かなりの旅の達人のようである。ときどき話しては、また風景を黙って見る…そんなことを繰り返すうちに日暮の時間になった。
 
  一人で食堂車両に赴き、地平線に沈む夕陽を眺めつつ夕食を食べ、ビールを飲む。荒涼とした平原の大地に汽笛が響いている。やがて陽は沈み、ゆっくりと空は闇に包まれた。 夜中の国境で中国を出国しモンゴルへの入国審査を列車内で受ける。日本人に対しては簡単なチェックで済んだ。観光目的以外の日本人はいないということなのだろうか?
 
  モンゴルに入国後、再び列車が走りだす。屋根の上には天の川がぼんやりと光を放ち、列車の吐き出す煙のむこうに無数の星々が輝いて見えた。
 

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